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1100km/hのヘルメットの中は、100dBです
まず、数字から。
オランダの二輪誌Promotorが2018年に、価格帯の異なるシステムヘルメット10種類を、50・100・150km/hで測定しました。
- 最も静かだったヘルメット:50km/hで85dB、100km/hで100dB
- 最も遮音性が低かったヘルメット:50km/hで92dB、100km/hで106dB
いちばん静かなヘルメットで、100km/hのとき100dBです。
ただし、この数字の出どころは正確に書いておきます。 Promotorの元記事には到達できておらず、測定方法——マイクの位置、対象ヘルメットの型番——は公開されていません。当時報じた媒体も「どう測ったのかは分からない」と明記しています。そしてこの試験をいちばん詳しく紹介しているのは、耳栓を販売している会社のサイトです。数字が間違っているという意味ではありません。でも、この記事は他人の試験方法に注文をつける側です。だったら、自分が引く数字にも同じ物差しを当てないと筋が通りません。
もう一つ、Harley-Davidsonが自社サイトで公開している数字を。
| 速度 | 風切り音 | 聴覚に障害が生じるまで |
|---|---|---|
| 50mph(約80km/h) | 92.7dB | 26分未満 |
| 60mph(約97km/h) | 97.9dB | 8分 |
| 70mph(約113km/h) | — | 4分 |
| 90mph(約145km/h) | — | 90秒未満 |
高速道路を8分走れば、永久的な聴覚障害のリスク圏です。
(Harley自身も、出典を「ある調査によれば」としか書いていません。メーカーが自社サイトでこれを書いているという事実には意味がありますが、一次資料ではありません。)
聴覚に障害が生じ得る水準は、一般に85dB(米国基準)、EUでは80dBとされています。80dBなら1日8時間まで、が目安です。100dBは、80dBの約100倍の音響エネルギーです。
2壊れた耳は、戻りません
この記事が耳栓を「快適性の話」として扱わない理由です。
騒音性難聴は不可逆です。内耳の有毛細胞は、一度壊れると再生しません。補聴器は音を大きくしますが、失われた解像度までは戻しません。
そして被害は、その日には分かりません。ツーリングから帰って耳鳴りがして、翌朝には治っている。心当たり、ありますよね。あれは「回復した」のではありません。回復した分と、しなかった分があるということです。しなかった分が、何十年もかけて積み上がります。
短期的にも効いてきます。持続的な騒音は疲労を生み、疲労は判断を鈍らせ、判断の遅れは事故になります。
だから、この記事の優先順位ははっきりさせておきます。
耳栓の第一の仕事は、聴力を守ること。「周りの音が聞こえるか」は、そのうえで検討する二番目の条件です。
順番を逆にすると、話がおかしくなります。
3ヘルメットは、この問題をほとんど解決していません
先に、よくある誤解を潰しておきます。
静かなヘルメットを買えば解決する、という話ではありません。
上のPromotorの数字をもう一度見てください。いちばん静かなヘルメットと、いちばんうるさいヘルメットの差は、50km/hで7dB、100km/hで6dBです。業界じゅうの風洞が生み出しているリターンは、この幅です。ゼロではありません。100dBという問題には、まったく足りていません。
音は、下から入ってきます
では、どこから入ってくるのか。これには、きちんとした一次資料があります。
英バース大学とバース・スパ大学の共同研究(J. Kennedy ほか、Journal of the Acoustical Society of America 130巻3号、2011年9月)が、風洞にマネキンの頭を立ててヘルメットをかぶせ、耳元・帽体表面・チンバー下にマイクを置いて、40・60・80km/hで測定しています。
候補は3つありました。
- ヘルメット後方の乱流 — 広い周波数帯の乱流を含んでいたが、耳元の音とはほとんど相関しなかった
- 帽体表面の境界層 — 相関は測定できる水準になかった。耳のすぐ真上で測っても、です。 論文自身がこれを「驚くべき結果」と書いています
- チンバー下の空洞 — これが主要な発生源でした
つまり、音は帽体の上を流れる風ではなく、あごの下から入ってきます。 チンカーテンやネックロールに意味があるのは、このためです。論文も、「ネックシールドで静かになった」というライダーの経験談を、この結果が裏づけると書いています。
さらに2つ、実用的な発見があります。
- ヘルメットの角度が効きます。 帽体の角度を50度(前傾姿勢に近い状態)にすると、100Hz付近の相関が0.8を超えました。同じヘルメットでも、乗車姿勢で音が変わります。
- 速度が上がると、音のピークが上に動きます。 40km/hで約65Hz、80km/hで約150Hz。
なお、この研究で使われたヘルメットは、メーカーとの守秘契約があって型番が公開されていません。「どのヘルメットか」は分かりません。
4風切り音は、低い音です
ここが、この記事でいちばん重要な訂正です。
バイクの風切り音は、低周波です。 上のバース大学の測定では、チンバー下の空洞と耳元の音の相関が高かったのは0〜1000Hzの範囲で、ピークは速度によって65〜150Hzでした。
別の測定研究も、同じことを言っています。ダミーヘッドを使って実走測定した研究では、120km/hのとき、50Hzから400Hzまでの1/3オクターブバンド10本すべてが100dBを超えていました。 100Hz・125Hz・200Hzでは108dB。そして同じ測定で、250Hzから8kHzにかけては、1オクターブ上がるごとに約10dBずつ下がっていきます。(この研究はハーフヘルメットでの測定です。絶対値はフルフェイスと同じではありませんが、周波数の分布の話としては同じ方向を向いています。)
整理すると、こうです。
- エネルギーは50〜400Hzに集中している
- そこから上は、1オクターブごとに約10dBずつ落ちていく
耳を壊しているのは、低い音です。
「風切り音は高周波」と書いている情報源があります。これは誤りです
これは細かい話ではありません。この一点を取り違えると、耳栓の選び方が逆になります。
そして間違えているのは、素人の書きものだけではありません。バイク用耳栓を販売しているEarPeaceの商品ページには、「低い周波数はエンジンの唸りのような低い音、高い周波数は風切り音のような鋭い音」という趣旨の説明が載っています。バイク用耳栓を売っている会社が、自社の商品説明の中で、風切り音を高周波の側に置いているわけです。
念のため書いておくと、EarPeaceの耳栓の性能が悪い、という話ではありません。EarPeaceは長く聴覚保護製品を作ってきたメーカーですし、あとで見るとおり、周波数帯ごとの減衰データも公開しています。この誤解がどれだけ広く行き渡っているか、という話です。 業界の内側でもこうなっています。
乱流が生む音は、低周波なんです。
5「耳栓をすると聞こえなくなって危ない」——研究はそう言っていません
ここまで読んでも、いちばん引っかかるのはここだと思います。
「耳を塞いだら、サイレンもクラクションも聞こえなくなるのでは?」
もっともな心配です。そして、これには測定された答えがあります。
85dBを超える騒音下では、話が変わります
聴覚保護具と言葉の聞き取りの関係は、1940年代から繰り返し調べられてきたテーマです。騒音下の職場を対象にした研究レビューは、この蓄積を次のようにまとめています——約80dBAを超える騒音下では、聴力が正常な人にとって、聴覚保護具の装着による聞き取りの低下はほとんどなく、むしろ改善する場合がある(Kryter 1946、Howell & Martin 1975、Lindeman 1976 ほかを引用)。
Howell & Martin(1975年)の要旨も、約85dBを超える騒音下では、保護具を着けても素耳と比べて聞き取りは低下せず、わずかに改善することさえあったと報告しています。
より新しい実験もあります。聴力が正常な32人を対象に、85dBの騒音下で、NRR25とNRR32の耳栓を着けた場合と着けない場合の語音明瞭度を比較したところ、耳栓を着けたほうが平均明瞭度は高くなりました。
なぜそうなるのか
理屈は、直感に反するようでいて単純です。
100dBの中にいるとき、あなたの耳は限界近くで動いています。音が大きすぎると内耳の応答は歪み、大きな低い音が、その上の帯域まで覆い隠します(マスキング)。この覆い隠しは、音が大きいほど広い範囲に及びます。
耳栓は、騒音と信号の両方を下げます。ここが誤解されやすいところです。耳栓はサイレンだけを通すのではありません。全部下げます。しかし全体の音量が下がることで、耳は歪みの少ない領域に戻り、低音による覆い隠しの広がりも小さくなります。
素耳のライダーは、たくさんの音を聞いているのではありません。100dBのノイズを聞いていて、必要な音はその中に埋もれています。
なお、この効果は保護具なら何でも同じ、というわけではありません。上記のレビューが引く別の研究(Fernandes)は、聴覚保護具が聞き取りに与える影響は、その保護具の減衰カーブの形に直接関係すると報告しています。どれだけ落とすかだけでなく、どの帯域をどう落とすかが効いてくるということです。これは後の章で、実測値を見ながら扱います。
この研究が対象にしているのは、聴力が正常な人です
範囲は正確に書きます。上で引いた研究は、いずれも聴力が正常な被験者を対象にしたものです。
聴力が落ちている人を含めて調べた研究もあります。軍用車両の騒音(80〜95dBA)を再現した環境で、正常聴力から高度難聴まで45人以上を対象に文章の聞き取りを比較した実験では、電子回路を使わない受動的な保護具を装着した場合、聴力レベルの異なる集団の間で、素耳と比べたときの成績に差が出たと報告されています。
ただし、これを一般化するのは慎重にいきたいところです。 45人以上といっても、正常聴力から高度難聴まで幅広く分けたうえでの人数です。各集団の人数は多くありません。「難聴の人には耳栓が向かない」と言い切れるだけの規模ではありません。
そして仮にその傾向があったとしても、「難聴気味の人は耳栓をしないほうがいい」にはなりません。
- 耳栓をしなければ、100dBの風切り音はそのまま入ってきます。 すでに失った人ほど、これ以上失うわけにはいきません。
- そして素耳のままでも、100dBの中では周囲の音は結局埋もれています。 耳栓をしなければよく聞こえる、という状態ではありません。
結局は、試すのが早いです。 着けて走ってみて、周囲の状況が把握できないと感じるなら、その感覚のほうを信じてください。これ以上の聴力低下を防ぐことと、周囲を把握すること。どちらをどれだけ取るかは、最後はあなたが決めることです。
6ヘルメットの内装は、すでに高い音を削っています
ここに、メーカー自身の説明が加わります。
Araiは取扱説明書の中で、ヘルメットをかぶると音が聞こえにくくなる理由を説明しています。頭を物質と空間で覆う以上、安全性の代償として視界・聴力・運動性が多少損なわれうる、という文脈で、その理由をこう書いています——「周波数の高い音がクッション材などによって吸収される」ため。
短い一文ですが、意味は大きい。
ヘルメットをかぶった時点で、あなたの高域の聞こえは、すでに一段削られています。
そして先ほど見たとおり、耳を壊している低域のほうは、ほとんど素通りしています。
積み上げると、こうなります。
- ヘルメットが高域を吸収する — サイレン、人の声、聞く必要のあるもの
- 残るのは低周波の風切り音 — 耳を壊すもの
- そこに耳栓が加わる — ここで何を選ぶかが決まる
3番目をどう選ぶか。それが次の章です。
7比較できたのは、2製品だけでした
耳栓を選ぼうとして、最初にぶつかる壁がこれです。
「バイク用」「モータースポーツ用」と書かれた製品はたくさんあります。しかし、周波数帯ごとにどれだけ落ちるのかを公開している製品は、ほとんどありません。
大手通販サイトと各メーカーの公式サイトで探した範囲では、周波数帯ごとの減衰値をEN 352-2形式で公開していたのは、コミネ AK-344 と Alpine MotoSafe Sport の2製品でした。
- EarPeace は、周波数ごとの減衰を示すチャートを本国サイトに掲載しています。ただし日本国内の販売ページでは見当たりませんでした。
- NoNoise、CRESCENDO、Quietide については、確認した範囲では周波数帯ごとの数値を見つけられませんでした。
誤解のないように書きます。数値を公開していないことは、性能が低いことを意味しません。 これらはいずれも実績のあるメーカーです。公開されていないだけで、箱の中の説明書には記載があるかもしれません(EN 352-2の認証を取っていれば、減衰データを製品に添付する義務があります)。
問題は単純です。数値がなければ、比べようがない。 だからこの記事が実測値で比較できるのは、2製品だけです。
同じ規格の、違う版です
ここも正確に書いておきます。2製品の数値は、同じEN 352-2という規格の、違う版で測られています。
| コミネ AK-344 | Alpine MotoSafe Sport | |
|---|---|---|
| 準拠規格 | EN 352-2 : 2002 | EN 352-2 : 2020 |
| 認証機関の記載 | 箱の表面には見当たらず | PZT GmbH #1974(ドイツ)と明記 |
2020年版は2002年版を置き換えたもので、最低遮音性能の要件がオクターブバンドごとの値からHML値とAPVf98に変わり、製造年月日の表示義務などが加わっています。
どちらが上、という話ではありません。 ただ、前の章で「どのヘルメットを使ったのか公開されていない」と書いたので、耳栓についても同じことを書きます。Alpineは、どこが認証したかを製品に書いています。コミネの箱の表面には、それが見当たりませんでした(裏面は未確認です)。
一次資料を出して、判断はあなたに返す。この記事のやり方は、どの節でも同じです。
8実測値で比べる
2製品の公開値です。いずれもメーカーが自社で公開しているものを、そのまま転記しています。
コミネ AK-344(EN 352-2 : 2002)
| 周波数(Hz) | 平均遮音値(dB) | 標準偏差(dB) | APV(dB) |
|---|---|---|---|
| 63 | 26.2 | 3.9 | 22.3 |
| 125 | 29.2 | 4.6 | 24.4 |
| 250 | 27.6 | 5.0 | 22.6 |
| 500 | 28.2 | 6.4 | 21.8 |
| 1000 | 31.7 | 5.8 | 25.9 |
| 2000 | 30.2 | 3.9 | 26.3 |
| 4000 | 37.9 | 6.5 | 31.4 |
| 8000 | 40.4 | 5.3 | 35.1 |
H = 28/M = 24/L = 24 SNR = 28
Alpine MotoSafe Sport(EN 352-2 : 2020)
| 周波数(Hz) | 平均遮音値(dB) | 標準偏差(dB) | APV(dB) |
|---|---|---|---|
| 63 | 18.8 | 3.1 | 15.7 |
| 125 | 18.4 | 3.0 | 15.4 |
| 250 | 18.4 | 3.2 | 15.2 |
| 500 | 16.3 | 2.9 | 13.4 |
| 1000 | 19.0 | 2.6 | 16.4 |
| 2000 | 30.5 | 4.4 | 26.1 |
| 4000 | 21.9 | 3.5 | 18.4 |
| 8000 | 23.4 | 3.7 | 19.7 |
H = 21/M = 17/L = 16 SNR = 20
APVで見てください
表の4列目にあるAPV(Assumed Protection Value、想定保護値)が、実用上いちばん意味のある数字です。平均値から標準偏差を引いたもので、「ほとんどの人が実際に得られる保護量」にあたります。平均値は、うまく装着できた人まで含めた真ん中の値です。
APVで比べると、結果は単純です。
コミネは、8つの帯域すべてでAlpineを上回っています。
差がいちばん小さいのは2000Hzで、26.3 dB 対 26.1 dB——ほぼ同じです。それ以外の7帯域では、6.6 dBから15.4 dBの差がついています。
形を見てください。どちらも右肩上がりです
ここが、この記事でいちばん意外なところかもしれません。
「バイク用のフィルター付き耳栓は、低い風切り音を狙って落とし、高い音を通す」——そう説明されることがあります。実測値は、そうなっていません。
コミネは63Hzで26.2dB、8kHzで40.4dB。Alpineは63Hzで18.8dB、8kHzで23.4dB。どちらも、高い音のほうを大きく落としています。
これは製品の欠陥ではありません。受動的な耳栓の物理的な性質です。 低い音は波長が長く、耳栓の周囲や骨を伝って回り込みます。小さな受動部品で低域だけを選んで落とすことは、そもそも難しい。フィルターにできるのは、カーブを平らに近づけることであって、逆さにすることではありません。
だから、選ぶときの問いは「低域を狙い撃ちしているか」ではありません。「必要な帯域を、どれだけ余計に削らずに済んでいるか」です。
その目で見ると、面白いことが分かります。
- コミネ:500Hz(28.2dB)と2kHz(30.2dB)の差は 2.0dB。H−L の開きは 4dB。
- Alpine:500Hz(16.3dB)と2kHz(30.5dB)の差は 14.2dB。H−L の開きは 5dB。
会話の情報がいちばん多く乗るのは、おおむね1k〜4kHzの帯域です。Alpineは、その真ん中の2kHzだけを14dB余分に落としています。 コミネのカーブは、その区間でははるかに平坦です。
なお、Alpineの2kHzの値(30.5dB)は、両隣の1kHz(19.0dB)から11.5dB、4kHz(21.9dB)から8.6dB跳ね上がっています。同社の取扱説明書の公開値をそのまま載せています。 フィルターの共振によるものか、資料上の値なのかは、外からは判断できません。
コミネのほうが、ばらつきは大きい
公平のために、逆方向の数字も書きます。
標準偏差は、コミネのほうが一貫して大きい(3.9〜6.5 対 2.6〜4.4)。これは、装着する人によって結果の差が大きいということです。うまく入れば表の平均値、浅ければそれ以下。APVで比較したのは、このためです。
意味するところは、一つです。この耳栓は、装着の丁寧さで結果が変わります。
9選ぶ基準 — 保護が先、可聴性が後
ここまでの内容から、選ぶ条件は5つに絞れます。
- 周波数帯ごとの減衰値が公開されていること。 単一のSNR値だけでは、カーブの形が分かりません。
- 50〜400Hzで十分に落ちること。 耳を壊しているのはこの帯域です。
- 1k〜4kHzを、必要以上に削っていないこと。 会話とサイレンの帯域です。
- ヘルメットの下で圧迫がなく、インカムと併用できること。
- 国内で普通に買えること。 買い替えられなければ続きません。
この順番には意味があります。 1〜2が保護の条件、3が可聴性の条件です。この記事が保護を先に置いているのは、壊れた耳が戻らないからです。
この5つを満たしたのは、コミネ AK-344 でした
上の実測値のとおりです。APVで全8帯域を上回り、500Hz〜2kHzの区間のカーブはAlpineより平坦。量販店や通販での取り扱いも多く、入手性の面でも困りません。
筆者が使っている範囲では、インカムの音声は普通に聞き取れ、ヘルメットの内装と干渉する感じもありません。これは測定値ではなく、一人の使用感です。
正直に書いておくべきこと
この耳栓は、SNR 28です。 比較した2製品のうち、遮音量は大きいほうです。一般的なフィルター付き耳栓はSNR 17〜22あたりが多く、28はその上に位置します。
「よく聞こえるために耳栓をする」と書いてきた記事が、遮音量の大きいほうを勧めている——そう読めるかもしれません。だから、ここを飛ばさずに書きます。
遮音量と可聴性は、別の話です。 100dBの風切り音から28dB落としても、残るのは72dB。サイレンも同じだけ下がりますが、両方が下がることで耳は歪みの少ない領域に戻り、低音による覆い隠しも縮みます——さきほど見たとおりです。このあと条文を読みますが、そこで問われているのも「何dB落としたか」ではなく「必要な音が聞こえているか」です。
とはいえ、28dBは小さくありません。 上の表を見て、自分の走り方には過剰だと思うなら、その判断は妥当です。数字は出しました。決めるのはあなたです。
装着の深さで変わります
さきほど見たとおり、この耳栓は標準偏差が大きい——入れ方で結果が変わります。
深く入れれば遮音量は上がり、浅ければ下がります。「奥まで押し込めば良い」わけではありません。 遮音しすぎて必要な音が聞こえなくなれば、それは、このあと読む条文が問題にしている「状態」そのものです。
自分の耳で、必要な音が聞こえる深さを探してください。走り出す前に、エンジン音と自分の声が聞こえるかどうかで確かめられます。
10法規:規制されているのは「装置」ではなく「状態」です
ここからは法律の話です。先に結論を書くと、日本には「バイクに乗るとき耳栓をしてはいけない」という全国一律の法律はありません。
イヤホン等の規制は、都道府県の公安委員会規則で定められています。全国一律ではありません。ここでは愛知県を例に、条文そのものを読みます。
愛知県道路交通法施行細則 第七条第四号(令和8年3月27日施行):
大きな音量で、カーラジオ等を聞き、又はイヤホン等を使用して音楽等を聞くなど安全な運転に必要な交通に関する音又は声が聞こえないような状態で車両等を運転しないこと。ただし、難聴者が補聴器を使用する場合又は公共目的を遂行する者が当該目的のための指令等を受信する場合は、この限りでない。
条文を丁寧に読んでください。
禁じられているのは「状態」であって、「装置」ではありません。
- 禁止されているのは:安全な運転に必要な交通に関する音又は声が聞こえないような状態で運転すること
- カーラジオやイヤホンは:その状態に陥る例です。「〜など」という書き方に注目してください
そして条文に「耳栓」という語は出てきません。
つまり愛知県の細則が問うているのは、「耳に何か入れているか」ではなく、「必要な音が聞こえているか」です。
ここで、この記事の前半と突き合わせてみてください。100km/hで100dBの風切り音の中を耳栓なしで走っているライダーと、フィルター付き耳栓を着けて必要な音が聞こえているライダー。条文が問うている「状態」で見たとき、どちらが危ういか。考えてみる価値はあります。
11この読み方は、警察庁が文書にしています
「規制されているのは装置ではなく状態だ」——これはこの記事の解釈ではありません。警察庁が通達に書いています。
警察庁交通局「イヤホン又はヘッドホンを使用した自転車利用者に対する交通指導取締り上の留意事項等について」(令和5年7月25日、丁交指発第86号・丁交企発第187号):
法第71条第6号の委任を受け、公安委員会規則において定めている規定の趣旨は、…イヤホン等の使用そのものを禁止することではなく、イヤホン等を使用して安全な運転に必要な音又は声が聞こえない状態で…運転する行為を禁止することであると承知している。
そして、取締りの現場にはこう指示しています。
イヤホン等の使用という外形的事実のみに着目して画一的に違反の成否を判断するのではなく、例えば、警察官が声掛けをした際の運転者の反応を確認したり、運転者にイヤホン等の提示を求め、その形状や音量等から、これを使用して…運転する場合に周囲の音又は声が聞こえない状態となるかどうかを確認したりすることにより、個別具体の事実関係に即して違反の成否を判断すること。
「外形的事実のみに着目して画一的に判断するな」。 装置を着けているという事実だけで違反にするな、という指示です。片耳か両耳かについても「使用形態にかかわらず」と明記されています。
そして最後の項が、いちばん強い。
規定の趣旨の周知徹底に当たって支障があり…必要性が認められる場合には、規定からイヤホン等を例示する文言を削除することも含めて、所要の見直しを検討すること。
警察庁は、条文から「イヤホン等」という例示を消すことすら検討せよ、と書いています。 例示は例示にすぎない——という読み方を、規制する側自身が、これ以上ないかたちで裏づけています。
ただし、範囲は正確に書きます。 この通達は自転車利用者の指導取締りに関する文書です。二輪車の取締りについて書かれたものではありません。ここで引いたのは、通達が「公安委員会規則の規定の趣旨」そのもの——愛知県でいえば同じ第七条第四号——を警察庁自身がどう理解しているか、を書いているからです。二輪車の話としてそのまま読み替えられる、とまでは言いません。
岩手県の細則が、この読み方をさらに裏づけています
都道府県の条文を10件確認したなかで、岩手県だけが際立っていました。
岩手県警察本部長名の「岩手県道路交通法施行細則の解釈・運用の制定について」(平成20年3月11日 岩手交通第12号。直近改正は令和6年10月)は、細則第14条第3号の「ヘッドホン等」を、こう定義しています。
ヘッドホン等とは、外形上耳を塞がないイヤホンを含み、オープンイヤー型イヤホンや骨伝導型イヤホンといった、その形状を問わない。また、装着しているのが片耳のみであるか両耳であるかといった使用形態を問わず、音量等から周囲の音や声が聞こえない状態となるかどうかについて個別に判断しなければならない。
読んでみてください。耳を塞がない機器まで対象に含めています。 骨伝導イヤホンが対象になり得て、耳を塞ぐ機器が必ずしも対象になるとは限らない。これ以上ないほどはっきりと、「装置ではなく状態」だと言っています。
ただし、岩手県の条文には、もう一つ重要な特徴があります。
この規定は「自転車」だけを対象にしています。
同じ第14条の中で、履物の規定は「自動車又は原動機付自転車」、傘の規定は「大型自動二輪車若しくは普通自動二輪車、原動機付自転車又は自転車」、またがり乗車の規定は「大型自動二輪車及び普通自動二輪車」を対象にしています。そのなかで、ヘッドホンの規定だけが「自転車」と書かれています。 書き分けられている、ということです。
つまり岩手県では、二輪車のライダーに、この規定は適用されません。
条文の対象範囲は、県によって違います
これは岩手県だけの話ではないので、確認した10都道府県について、何を対象にした規定なのかをまとめておきます。
| 都道府県 | 規定 | 対象 |
|---|---|---|
| 愛知 | 細則7条4号 | 車両等 |
| 東京 | 規則8条5号 | 車両等 |
| 北海道 | 細則12条 | 車両等 |
| 大阪 | 規則13条4号 | 車両 |
| 栃木 | 細則 | 車両 |
| 福岡 | 細則14条8号 | 車両 |
| 広島 | 細則10条10号 | 車両 |
| 神奈川 | 細則11条5号 | 自動車・原動機付自転車・自転車 |
| 茨城 | 細則13条16号 | 自動車・原動機付自転車・自転車 |
| 岩手 | 細則14条3号 | 自転車のみ |
道路交通法第2条では、「自動車」に大型自動二輪車と普通自動二輪車が含まれます。「車両」は自動車・原動機付自転車・軽車両・トロリーバス、「車両等」はそれに路面電車を加えたものです。つまり「車両等」「車両」「自動車・原付・自転車」は、いずれも二輪車を含みます。
10件のうち9件は二輪車を対象にしており、岩手県だけが対象にしていません。
(このうち東京・大阪・栃木・北海道・茨城は、各自治体の例規データベースまたは警察の公式資料で条文を確認しました。福岡・広島・神奈川は二次資料によります。栃木は条文の条番号を確定できていないため、県名のみで記載しています。)
詳しく:条文を読むときに必ず添えるべき4点(法的な補足・読み飛ばし可)
- 「〜など」は例示であって、限定列挙ではありません。 必要な音が聞こえなくなるほど遮音すれば、耳栓であっても対象になり得ます。高遮音の耳栓を深く挿入すれば、その可能性は現実的です。
- 実際のところ、決めるのは条文解釈ではなく現場の警察官です。「条文は可聴性の問題だ」が正しくても、話しかけられないという保証にはなりません。ただし上の通達は、その判断を何に基づいて行うかまで指示しています——声掛けへの反応、装置の形状と音量。止められない保証にはなりませんが、止められたときに何を見られるかは分かります。
- 細則は都道府県ごとに違います。 調べた範囲——愛知、東京、神奈川、茨城、大阪、北海道、栃木、福岡、岩手、広島——では、条文が例示として名指ししているのはカーラジオ、イヤホン、ヘッドホン、カーオーディオの類で、「耳栓」を名指ししている条文は見つかりませんでした。 ただし47すべてを確認したわけではありません。 そして上の通達に従えば、仮にどこかが名指ししていたとしても、問われるのは結局「聞こえているか」です。自分の都道府県の細則を読んでください。
- 私たちは弁護士ではありません。 ここに条文を載せたのは、あなた自身に読んでもらうためです。この記事のやり方は、どの節でも同じです——一次情報を出して、判断はあなたに返す。
12まとめ
長くなったので、要点だけ。
- 100km/hのヘルメットの中は、およそ100dB。 いちばん静かなヘルメットでも、です。
- その音は低い音。 50〜400Hzに集中し、あごの下から入ってくる。
- ヘルメットでは解決しない。 最良と最悪の差は6〜7dB。
- 騒音性難聴は戻らない。 だから耳栓の第一の仕事は、聴力を守ること。
- 約80〜85dBを超える騒音下では、聴覚保護具は聞き取りを下げない——聴力が正常な人については、そう報告されている。
- 「低い音を狙って落とす」耳栓は、実測値の上には存在しない。 受動的な耳栓はどれも高い音のほうを大きく落とす。問いは「必要な帯域をどれだけ余計に削らずに済んでいるか」。
- 法規が問うているのは装置ではなく状態。 条文は都道府県ごとに違い、対象範囲すら違う。自分の県のものを読んでください。
そして最後に一つ。
ヘルメットに何万円もかけて、耳は何も守らずに走っている——というのは、よくある話です。 上の数字を読んだうえで、まだ要らないと判断するなら、それも一つの結論です。判断材料は出しました。
ヘルメットそのものの選び方——規格、帽体、フィッティング、寿命——は、ヘルメットの安全規格、思っている意味とは限らないで扱っています。この記事の騒音・耳栓の章は、そこから枝分かれしたものです。
そして、耳を守ったら、行き先です。 Japan Bike Cafeは、バイクで走って気持ちのいい目的地を、駐車場とアクセス路の路面情報つきで探せるディレクトリです。目的地を探す
よくある質問
走行中の耳栓は違法ですか?
全国一律の禁止規定はありません。イヤホン等の規制は都道府県の公安委員会規則で定められており、禁じられているのは「装置」ではなく「安全な運転に必要な音又は声が聞こえない状態」です。警察庁も通達で、装置を使っているという外形的事実だけで違反を判断するなと明記しています。ただし条文は都道府県ごとに違い、対象とする車両の範囲すら異なります。自分の都道府県の細則を確認してください。
耳栓をすると、サイレンやクラクションが聞こえなくなりませんか?
耳栓は騒音も信号も同じように下げます。サイレンだけを通すわけではありません。ただし全体の音量が下がることで耳は歪みの少ない領域に戻り、大きな低音が上の帯域まで覆い隠す範囲も狭まります。約80〜85dBを超える騒音下では、聴覚保護具を着けても聞き取りは下がらず、わずかに改善することさえあると複数の研究が報告しています。ただしこれらは聴力が正常な被験者を対象にした研究です。
フォームの耳栓ではだめですか?
何もしないよりはるかにマシです。ただしフォーム耳栓は減衰カーブが高域に向かって急に立ち上がるため、サイレンや会話に必要な高い音を、風切り音のいる低域よりも大きく削ってしまいます。ヘルメットの内装がすでに高域を吸収していることを考えると、そこをさらに削る配分は向いていません。フィルター付きの耳栓は、このカーブをより平坦に近づけたものです。
インカムと併用できますか?
できます。両製品ともメーカーが、走行中の風切り音を下げつつインカムの音声は聞き取れると説明しています。筆者が使った範囲でも、インカムの音声は普通に聞き取れています。ただし装着が深いほど遮音量は上がるため、音量の感じ方は入れ方によって変わります。